味噌に思う
本葛
はつかり醤油
柚子(ゆず)
茗荷(みょうが)
ごま
夏用薬味味噌
薬味三昧
青梅の醤油漬
春の風味 ふきのとう味噌
江戸時代の調味料 煎り酒
和辛子
かんずり(寒作里)
長葱(根深葱)

味噌に思う

IMAGE味噌の原形が出来たのは弥生時代後期だという。米を栽培し、その食べ残しなどが発酵して糀菌が自然培養され、発酵したものの味がそれまでには無かった「うまい調味料」の存在を形成していくのである。それらは時間とともに、糀は「酒」を生み出し、醤(ひしお)と呼ばれる穀醤は「味噌」「醤油」に分化発展してきた。庶民が味噌として口にするのは室町時代に入ってからという。江戸時代に入ると、各地の特色が出るほどに発展し、各地の気候風土や生活習慣に合わせて、米を使った米味噌、大豆を発酵させた豆味噌、麦を使った麦味噌などその土地特有の味噌が出来たのである。

米味噌は蒸した米に"種糀"を入れて"米糀"を作り、蒸した大豆をすり潰したものと塩を加え混ぜ、カメなどに入れて(約半年以上)寝かせ、発酵させて作る。よく天然醸造と言うが、「天然醸造」とは一切の添加物は使用せず、発酵温度の調整をしていないもの」を指す。増量目的で大豆以外のものを入れて量を増やしたり、その為に防腐剤を入れたり、早く発酵するように温度調節をしたりするものもあると聞く。

一方、"豆腐"も奈良時代に遣唐使の僧侶より伝えられ、当初は僧侶の精進料理であったものが貴族や武家に広がり、室町時代に全国に広がっていったという。そして庶民が常食するようになったのは江戸時代。初期はまだまだ特別の日の食べ物で、特に農民にとってはなかなか口に入るものでは無い存在だったようだ。そして江戸中期、豆腐百珍などの書物も爆発的に売れ、全国で醤油や味噌の醸造が盛んになるのと平行して豆腐も庶民の食生活に根付いていったようである。

IMAGE原材料を大豆一つにする味噌と豆腐、ここに醤油も加わるのだが、相性が悪い訳は無い。その豆腐百珍にも「豆腐田楽」や「味噌調味料」として味噌を使った料理が多く出てくるが、中でも絶品中の絶品が「豆腐の味噌漬」ではないかと思う。他のものはみな味噌を調味料として味付けに使用している要素が強いが、この「豆腐の味噌漬」は味噌と豆腐が味付けという次元を超えて一体となるのである。三之助の只管豆腐の水をしっかりと切って、一口サイズに切り、ガーゼに包んでこれも三之助の只管味噌をみりんで延ばしたものに4〜5日漬け込む。好みで味噌床に酒を加えてもよい。周りが味噌の黄金色に染まった只管豆腐の味噌漬は、中国の"腐にゅう"、沖縄の"豆腐よう"、"生うに"・・・いや何かもっと洗練された味がする。深い味だ。兎に角、渾然一体、豆腐と味噌が融合して絶品の食べ物になっているのである。この豆腐の味噌漬は精進料理としてもあるので恐らく江戸以前から存在する料理法ではないかと思う。

もう一つ、豆腐と味噌の相性を語るのに忘れてはならない代表的なものがある。豆腐の味噌汁である。豆腐の味噌汁は豆腐を語っても、味噌を語っても基本中の基本のようなものだ。本物の手作り豆腐に本醸造の味噌、やはり出汁は昆布と鰹節が良い。出来れば削りたての鰹節を使いたい。巷には「化学調味料は使っていません。」などと言う、粉や液体のインスタント出汁が出回っているが、試しに削りたての鰹出汁と比べてみてほしい。煮干の出汁でもよい。昆布の出汁でもよい。インスタントでは無い手作りの工程とその出来立ての味というものを多くの子供や若い人達に体験してほしい。趣向やその人の味覚やその時の状況によって、何を食べるかを選択するのは全くの自由なのだが、一度いや、何度かは本物の味を作ることから体験し、味わってみて、感覚として覚えておいてほしいと切に思う。

食べることは生きること。本物の食べ物を知っているという経験や感覚が、今、加速度的に失われ、崩壊していくものを引き止め、今後の動き方や生き方に、見えない何かの形で表れてくるような気がしてならないからである。



本 葛

IMAGE寒い季節、本葛でとろみを付けたあんかけ仕立ての汁物や料理は、身体の底から全体をじんわりと温めてくれる。冷えた身体かぽかぽかとしてきて、その温かさがなんとも優しい。

葛は蔓性のマメ科の植物で、秋の七草として古くから万葉集や枕草子に歌として詠まれてきた。また、葛の花は食用として汁の実に。葛の若芽も天ぷらにすると絶品だ。葉は煎じてお茶として飲むと血液浄化効果があるという。茎の蔓(つる)は葛布(くずふ)といって繊維として利用され、根からは上質な澱粉が採取できる。葛の澱粉は食用としてだけでなく漢方薬としても発汗、解熱、血行促進等の効能があり、正に全てを利用できる優れものの植物といえる。

今や日本中の日当たりの良い場所には葛の丸い葉がびっしりと繁茂している。秋口には紫色の優美な花を咲かせ甘酸っぱい香りを漂わせる。葛とはこの根の澱粉を採り、何度も晒して粉にしたものなのである。近年は安価で大量生産が可能なじゃが芋澱粉などが出回り、葛を採取する習慣が無くなった為に、繁殖力旺盛な葛がそこら中に繁茂し、他の植物を枯死させてしまうほどの勢いが日本中に広がっているのだという。本来の葛に安上がりの芋澱粉を混ぜ込んで、「葛」と称して売られたりしているが、寒い時期に山間に育つ葛の根を渓谷の清流で何度も何度も晒しては沈殿させて丁寧に作った純粋な葛の澱粉こそが葛であり、「本葛」と呼んでいる。

IMAGE本葛の採取は真冬の12月〜3月だという。夏の光合成で作られた澱粉は、冬になると根に蓄積されるのだ。葛の採取が盛んだった頃は「堀子」(ほりこ)という専門の葛の根堀りの職人がいたという。渓流をよじ登りながら土深い葛の根を掘り出していく。根には澱粉の詰まったものとそうでないものがあるが堀子はそれを見分ける。そうして堀り採った重い葛の根を採取したら、今度は急斜面を下るのである。さて、ここから始めて葛寒晒しの加工工程が始まるのだから気が遠くなるような話である。この採取した葛を砕いて水の中に澱粉を沈殿させて、上澄みを捨てる。始めは泥水のようなアク水が、この工程を何度も繰り返すうちに少しずつ澄んでくる。20回位は繰り返すという。12月〜3月迄。冬の山間の冷たい清流水でする仕事なのである。葛粉が真っ白に澄んできたら、今度は水分をとばす為に自然乾燥させるのだ。約2ヶ月間。そうしてやっと出来上がったものが純白の「本葛」なのである。

何かのTV放送で見たと記憶しているが、本葛を販売しているある老舗で、およそ300年前、江戸時代につくられた本葛が今もそのままの状態で何も変わらずに保存されていた。その大切に桐の箱に入れられている本葛は、色も香りも変化なし。純白のままだった。その清流で何回も何回も晒して不純物を取り除くという加工の技術に感心と驚きで言葉が出ない。

本物は水に溶かしたときに粒子が細かいのでその溶かす箸に絡みつくようにねっとりとしている。ここが芋の澱粉と違う部分だ。「あん」として出汁に溶かし込んだ時に、片栗粉が重くプルプルするような状態に対して、本葛は柔らかくふんわりした「あん」になる。味も柔らかで優しい。

夏は冷たい葛きりや水菓子として、冬はあんかけや葛湯に用いられる本葛。こうやって何百年も前から和の料理に奥行きを与えてきた葛。その陰に存在する先人たちの知恵と生産に携わる人々の苦労に、頭の下がる想いがする。



はつかり醤油

IMAGEもぎ豆腐店では自社の商品、豆腐や揚げ物に一番よく合う醤油として、蔵造りの町"小江戸川越"、埼玉県川越市に蔵を持つ、松本醤油店の"はつかり醤油"を推奨している。小袋入りのはつかり醤油が付いている商品も数点ある。三之助豆腐にぴったり合う美味しい醤油を添付し"三之助の豆腐本来の美味しさ"を丸ごと味わっていただく為の提案なのだ。160ml入りの三之助、卓上醤油があるがこの中身は"はつかり醤油"である。

松本醤油は今からおよそ170年前、文政13年からの創業だという。醤油蔵の入り口に立つとこっくりした醤油のよい香りが漂う。見学させてもらったのは秋口の始めだったと記憶している。少々汗ばむくらいの暖かい日差しに、庭に植えてあるコスモスがそよぎ、蜂がゆっくりと飛んでいた。木造の醤油蔵の向こうには大きなけやきの木が蔵を覆うように伸びている。高さにして三階、四階程はあろうか、おそらく樹齢何百年とかのこの大きな木とともにこの蔵は栄えてきたのだろう。

暗い蔵の中に入ると「もろみ」のかおりがぷーんと香る。木造の蔵に床は土間。人の2.5倍はあろうかという大きな木桶が幾つも並んでいる。天井の梁や柱には墨文字で年号が入り、天窓の光取りから射す明かりに蜘蛛の巣が絡まっているのが判る。これが話に聞く、ここの蔵だけに住み着く酵母菌の住処だ。この柱や梁にこの蔵だけの酵母菌がいて「ここだけの味」を造っているのだろう。

見るからに真面目な職人といった風情のご主人が自ら案内に立ち丁寧に説明をする。

醤油は蒸した大豆と煎った小麦に麹を加え、更に塩も加えて発酵させる。この発酵状態の温度管理が味と出来栄えに繋がり、職人達が誠心誠意気持ちをこめて、自らの技と感を持って挑む場面 である。この工程で"もろみ"になるのだ。入る前に圧倒されたあのけや木の大木は隣の神社のご神木で、蔵に影を作って蔵の温度を調整しているという。この自然の温度調整も"はつかり醤油"の味を作っている要素の一つなのだろう。

ご主人は「醤油造りは菌が仕事をしてくれます。私たちはそれに手を少々貸しているだけです。」と話している。説明を聞きながら江戸時代の男達がここで"もろみ"作りに働いている情景を想像できてしまったのは、この蔵の光景と香って止まないもろみの香りと律儀に説明するご主人のお人柄からだろうか?

出来た"もろみ"をここから更に約2年間も熟成させ、"もろみ"の粕を絞ると生醤油が出来上がる。これを熱殺菌してやっと商品になるのである。

はつかり醤油は江戸風の濃い口醤油である。香りが高く、ストレートな味がする。朴訥な味わいだ。朴訥だがキレがある。朴訥だがはっきりしている。優しい甘味がある。関西の薄口醤油等の塩味の中の旨味とは違う。濃い口醤油で色も濃いが塩分が強い訳ではない。江戸っ子が好む"濃い口醤油"はこのキレの良さと豆のほんのりした気どらない甘味がポイントなのかも知れない。

ああ、これで"はつかり醤油"が三之助豆腐と相性がよい訳が説明できそうだ。"はつかり醤油"は三之助豆腐が織成す豆の優しい味わいと同種の味わいなのだ。醤油原材料の大豆が持っているほんのりとした旨味・甘味と三之助豆腐の大豆の旨味・甘味を何かの計測器で計ったら、きっと同じ値がでるような共通 のものなのだと思う。大豆本来の甘味・旨味単位とレベルが同じなのである。だから相性が絶妙なのだ。お互いの良さを引き立てあう関係なのだ。

最近は何かにつけて"うまみ""うまみ"と言って旨味成分が添加された食品や調味料が多い。はつかり醤油は本醸造。丁寧に時間をかけて作ったほんものの醤油である。添加した旨味ではない。

"本物つくり"をしていると他にも"本物"があることを知り、"本物つくり"をしている人達と出会う。そうして本物の輪が拡がっていくのだ。

本物の味、即ち食べ物本来の味、旨味、甘味というものを未来に繋ぐ子供達や若い人達にもっともっと味わってほしい。そして、人と人が出会ったり、お互いの良さを引き立てあう関係に発展していったらこんなに楽しいことはない。



柚子(ゆず)

IMAGE外の料理屋などで、突き出しに出てくる里芋の含め煮に青柚子の皮のおろしたものがほんの少しのせられ、口に入れた瞬間に、遠い記憶が呼び覚まされ、「あぁ、またこの季節が巡って来たんだ。」と味覚から季節を体感することがある。

そう・・・、柚子は冬の風味。去年の、いやそれ以前からの過去の記憶が口中で刺激され反応したのだろう。この青柚子の風味が秋冬の食材群の味覚の入り口となる。暑い夏を終えて、食卓の季節も変わる。秋が来た!冬が来た!と秋冬の食材の美味しさの記憶が呼び覚まされ、急に恋しくなるほど味わいたくなる。そうこうして季節を喜んでいると直ぐそのうちに柚子が黄柚子に変わってしまっている。

植物としてのゆずは「柚」で、食べ物としてのゆずの実は「柚子」と表す。花は花柚子として季節の吸い口に使う。豆粒くらいの実になると「実柚子」と呼んでこれも吸い口に使ったりする。3〜4cm大になると「青柚子」、黄色に色づく頃からは普通 に「柚子」と呼び、料理界ではそんな使い分けもある。

厚めの柚子皮は軟らかい。これを千切りにしてかけ蕎麦や煮物、鍋物に添える。おろし金ですりおろして柚子味噌や焼き物にも風味を付ける。果汁はやや少な目だが、絞れば香り高い酸味も利用でき、鍋の味付けやポン酢としてもおおいに利用されている。また、「柚釜」と言って果実の中をくり抜いて酢の物や和え物を入れる風味豊かな器としても使われる。皮を甘く煮て砂糖漬けにしたり、輪切りにして果実酒も作る。乾燥させて振り掛ける薬味としても使われる。原産は中国と言うが日本では奈良時代から食用とされ、日本の食べ物の薬味としてしっかり定着している。柚子は日本料理には欠かすことのできない薬味なのである。

また柚子は食べ物としてだけでなく薬効を期待して利用されるという側面もあるから万能果実と言える。柚子を2〜3個、香りが出やすいように切って、サラシの袋に入れ、湯に浮かべる。「柚子湯」である。冷えた身体を温めるのはユズの精油ピネン・シトラールが皮膚に刺激を与え、血行を盛んにするからだという。神経痛やリウマチに効果があり冬至だけでなく柚子のある期間は常用するとよいようだ。種を焼酎に漬けて成分を溶出させた手作り化粧水もある。

11月になると鮮黄色に色付く柚子。5月には可憐な花を咲かせる。食べてよし、薬効もよし、香りもよくて花も美しい。薬効成分やビタミンCも豊富・・・と何から何まで実に感心してしまう果 実である。

良い事尽くめのこの柚子、欠点を強いて言えば鋭いトゲがあることぐらいだろうか。

褒めるも貶すも全て我々人間にとっての都合なのだが、毎年、春の花の頃から始まって、黄色く完熟した保存用柚子が全て無くなるまでの全期間、約10ヶ月もの間、日本の料理の香り付けに、その他の活用に役立っているこの「柚子」を、この冬は改めて見直し、大いに「賞味」してみたい。



茗荷(みょうが)

茗荷は香りの野菜である。九月十月は露地の秋茗荷の最盛期だ。六月七月に出るのは「夏茗荷」、そして夏を越えて今の時期のものが「秋茗荷」である。

デパートやスーパーの薬味のコーナーにはハウスで作られる栽培ものが一年中並べられている時代だが、最近、ちょっと流行りの郊外の"道の駅"や"農産物直売所"というのをご存知だろうか?そこは市場を通 さない、また規格等の選別をしないいわゆる不揃いの農家の自家用野菜の類のそれはいろいろな野菜がところ狭しと商品台に並べられて販売されているのである。土曜、日曜ともなれば夫婦連れで、また友人同士、仲間連れがドライブがてらこういう場所に多くの買い物客として集まるのである。どちらかというと中年から初老の年回りの買い物客が多い。野菜本来味を知っている層だから、ここで売られるようなものを求めるのだと勝手な推測をしている。野菜の形はバラだが、鮮度と手頃な価格、また農家の老夫婦が自家用に育てている野菜と同じ者を無理せずに作れる分だけの量 を並べている場合も多く、そうなると農薬の心配も少ないと思われ、これらが流行っている理由だろうと分析する。不揃いの、しかし鮮度は頗る良さそうな野菜達が「¥100」、「¥150」などと極めて格安な値札が貼られたビニール袋に入れられ、行儀良く商品台に並べられている。おそらくその値札も農家のオジちゃんオバちゃん達が一生懸命貼り付けたのだろう。時々、出品した生産者ご本人と思われる方が自分の商品のその前に立ち、ビニール袋を並べ直したりしていて、そのごつい手指の逞しさに見惚れては、「こういうゴツイ手の人はきっと器用だろうから野菜も美味いに違いない!」・・・と勝手な親近感を持ったりして、その野菜を籠に入れてしまう。

前置きが長くなったが、いわゆるスーパーやデパートではなく、こういう所で手に入れる、または農家の方から直接いただいたりする季節の茗荷の味がたまらないのである。初夏と秋の露地に出来た茗荷の「香り」が本来の香りを持つ茗荷なのだと思う。先にも書いたが、茗荷は「香り」の食べ物である。この香りが無ければ何の魅力も無い、と言っても過言ではない。この「香り」、正に大人の舌が感じる「香り」なのではないだろうか。子供の頃には特別 には感じなかったこの香りは大人にとっては、茗荷があるか無いかで決まってしまうその"料理の奥行き"を左右してしまう程重要な「香り」なのである。茗荷の香りが理解できたら大人になったということ。「私、茗荷はちょっと苦手。」なんていう大人がいたらその人の舌はきっとまだ発育過程なのだろう。

原産は中国といわれるが、日本中に自生していて地方ごとに在来種が土着しているという。今は中国で殆ど栽培されていない為、日本の香味野菜として位置付けられている。

この茗荷、ちょうど同じ時期に育つ"しその葉"や"生姜"との相性もよく、夏場の素麺、冷奴には揃って欠かせない薬味だ。また、茄子との成育時期とも重なるからだろうか、茄子料理との相性もすこぶる良い。個人的な好みの範疇の話になるのかも知れないが、豆腐の味噌汁に茗荷の薬味が抜群に合う。味噌汁に添える茗荷は、生なら輪切りの薄切りがよく、煮え端に入れてひと煮立ちさせるのであれば縦に薄切りがよい。豆腐の味噌汁には長葱が定番だが、長葱の無い真夏の時期は、露地茗荷に限る・・と勝手な断言をして、栽培、収穫、販売、購入という仕組みが成り立つから嬉しくなる。

「輪切りの茄子と茗荷を胡麻油で炒めて砂糖、酒、醤油で濃い目に煮るのは意外に美味しくて誰もがおどろきます。」・・とは辰巳浜子著「料理歳時記」の一節だが、これを冷奴に乗せるといつもと違う趣でやめられないほど箸が進む。また、薄めのだしで豆腐と茗荷のスライスをさっと煮て卵でとじれば香りの良い煮びたしにもなる。生でもよし、煮てもよし、醤油、味噌との相性もよい。糠漬けや酢の物にもよく使われてきた。

扱いが簡単で、しかも豊かな香りがあって、季節感もある。こういう薬味野菜をふんだんに取り入れて、若い人達にもたっぷり味わってほしい。やがて味覚や嗅覚が磨かれて、日本人が昔から愛した香りを先人達と同じように受け止められるようになるかもしれない。

感覚を磨くこととは、物事の奥行きや広がり、より細かい部分を味わえるかどうか、感じるかどうか、ということでもある。季節の旬の本物を摂りいれて、舌の鍛錬をしていると、人間が持つ本来の感覚、自分の健康をコントロール出来得る感覚が研ぎ澄まされていくのだと思う。まずは本物の食べ物を美味しいと味わうこと、素材同士の相性や香りを楽しむこと、ここからが全ての出発点のような気がしてならない。



ご ま

胡麻の原産地はアフリカ。これが地中海沿岸へ渡り、古代インドからシルクロードを経て中国に、そして日本には縄文時代に入ってきたとある。そして長い歴史を経て、現在、胡麻は世界中の人々がその国の食文化に合わせた食べ方で味わい或は健康の為に摂取しているという訳だ。

「干ばつに胡麻の不作なし」という言葉通り、カンカン照りに強く、水が無くても育つと言う。さすがはアフリカ原産、ありがたい作物である。今年の猛暑、近辺の農家の畑では、おそらく自家用に栽培している・・と思われる胡麻の花がやけに目立って咲いているように感じたのは気のせいばかりではなかったようである。ギラギラと照りつける太陽の下で、限りなく白色に近い薄紅色に咲いた花は、涼やかで美しい。花は上へ上へと蕾を着けては咲き進んでいくが、その下には莢が行儀よく並んで天を仰ぐ。この中の種がいわゆる「胡麻」である。

この小さな一粒に入っているパワーが凄い。胡麻は不飽和脂肪酸を多く含み、血中のコレステロールを溶かして対外へ出してくれる作用がある。また、胡麻の油脂自体が変敗しにくいのはビタミンEを多く含むからで、抗酸化物質の働き、すなわち老化を抑え、細胞の活性化を促す効果もあるという。100g中に1200rのカルシウム、これは大さじ1杯の胡麻が牛乳1本分のカルシウム量と同量だということ。また、鉄、銅、マグネシウムなどのミネラルも豊富で、これら種々の成分の相乗効果で抗酸化性を生むこと等が判っている。その他漢方的見地からは白髪を防ぐ、滋養強壮、寝汗を止める、解毒作用、便秘を防ぐ、花はイボとりに効くなどの効能があるという。まだある。クレオパトラの化粧品としての謂れは有名。中国では昔から「不老長寿の秘薬」「仙人の食べ物」などと言われてきた。「胡麻」を改めて見直す機会を得たが、正にいいことずくめの食品といえよう。ただしこの胡麻、表皮は硬く、消化が悪いので、下手をすればそのまま体外に出てしまう可能性もある。炒った胡麻をすりつぶして利用するのがよいようである。

ペースト状にした胡麻を中東では「タヒニ」と呼び、パンに塗ったり、調味料として利用されている。中国ではこの練り胡麻を、油を加えてはあるが「芝麻醤」(ジーマージャン)と呼び、バンバンジーソースやタンタン麺の欠かせない調味料として使われ、日本でも馴染み深い中華調味料のひとつとなっている。日本料理向けの胡麻調味料としてあげられるのが「練り胡麻」である。葛で作る精進料理の胡麻豆腐には胡麻をペースト状に擂ったものを使うが、胡麻を擂る作業が精神修行になるくらいだから、これが如何に大変かが想像できるが、この「練り胡麻」がその苦難をあっさりと解決してくれるのである。練り胡麻をそのまま舐めると胡麻の粒を丸ごと噛んだ時の香味よりふくよかさと奥行きが数段広がっている。脂肪分が乳化してまったりとした丸みのあるテイストになる。この「練り胡麻」を同量の醤油で延ばし、野菜と豆腐がたっぷり入った"しゃぶしゃぶ"のタレにするとこの上なく美味い。初めは少し濃い口だが、次第に野菜や豆腐の水分が程よくタレを延ばしてくれ、何とも柔らかさのある美味いタレに変わっていく。冷奴のタレとしてもコクが生まれて美味い冷奴になる。ごま醤油、ごま味噌和え、白和えなど、味噌・醤油や豆腐などの大豆製品との相性が抜群に良い。豆乳に練り胡麻を入れると濃厚な生クリームを使った乳製品のデザートに匹敵するコクのある味わいが生まれる。これを使った健康志向の豆腐のデザートなども売られている。

日本でのその食べ方は、動物性たんぱく質は一切摂らない精進料理の中で発展したのだろう。若い禅僧達を支える大切な栄養源としていろいろな料理に工夫され、取り入れられ、このことを原点として伝えられてきたのだと思う。究極の粗食を食べているのに修行僧達が至って健康だったその訳を改めて見直したい。

この小さなひと粒がいくつもの国を渡り、1万5千kmに及ぶの道のりを経て日本に辿り着いたことを考えると壮大なロマンとそこに秘められた胡麻の持つ力というものを感じずにはいられない。



夏用薬味味噌

なんだか異様なほど暑い。この暑さに少しバテ気味である。歳のせいだろうか? 歳のことはさておきこの異常気象は地球温暖化現象ではないだろうか。ここ十年間程、知り合いの農業関係者などから毎年のように「今年の気象が例年とは違うので作物の育ち方、採れ方も少し変だ。」というような声が聞こえてくる。人が自然の摂理に反した事をしすぎた結果なのだろうか。食べることは命をいただくこと。食を大切にすることは命を大切にし、自然を大切にすることへと?がっていく。身体に入るものひとつひとつが真面目に食を思う生産者達の手によって育てられ、心をこめて作られた食べものであること、人はそこから活力をもらって生きていくのである。この当たり前な循環を可能な限り持続して行けること。これが食べ物を取巻く環境の原点ではないだろうかと考えさせられる。

さてこんな時にバテ気味の身体が素直に受け入れる優しい味がある。味噌味である。普段あまりに当たり前過ぎて、気にも留めない調味料なのであるが、お年寄りや子供を始め、体調を崩している病人にさえ受け入れられる調味料、「味噌」の持つパワーに改めて脱帽する。大前提として、それは昔ながらの味噌であること、つまり添加物が無く自然に発酵させたものであること。有益な微生物が生きていて、発酵が現在も進んでいる味噌であることがあげられるが。

この味噌を生姜、茗荷、紫蘇の葉、葱、胡麻などの薬味をみじん切りにしたものと和えて豆腐に添えるのである。基本形は今の五種類だが、これにちりめんじゃこやしし唐、好みで新玉 葱を加えてもよい。具材の量と味噌の量はほぼ同量が目安である。これを作って空き瓶に詰め冷蔵庫に保存すれば4〜5日は保つ。奴だけでなく、白いご飯に添えても美味いし、いや白いご飯でなくても玄米飯にも実によく合う。身体の機能が低下した時には水分を多くした粥に添えてもよい。口に入れた瞬間に、それまで止まっていた食欲を目覚めさせてくれる。本来薬味野菜が持っている免疫を刺激する作用が働くのか、それともそこに味噌が加わって相乗効果 を呼ぶのか、難しいことはわからないが、これを食べた後は低迷していた身体の機能が徐々に動き出してくるようで食べ物の持つ力を感じる。

味噌は生きているので夏場でもそれなりの扱いをすれば傷んだりはしない。野菜や魚、肉だって味噌に漬けて、味は勿論、保存性を高めたりもする。今回は生の味噌と薬味を和えるだけの簡単な食べ方だが、焼いたり、加熱したり、出汁で延ばしたりもする。長い歴史と共に食べ方の工夫や楽しみ方、いろいろな知恵が生まれその中でその時代に合った食べ方が伝えられ残っていくのだろう。これがやがて食文化として残り、後世に?がってゆく。できることなら私たちの時代にしっかりと本物の食べ物の大切さを世にもっと根付かせたい。

地球もかなりバテ気味なのである。地球用の為の滋養味噌はないものだろうか?ひょっとして人々の食のあり方を基から見直すことが地球にとっての特効薬かも知れない。



薬味三昧

七月は夏の薬味のはしりである。夏大根、茗荷、新生姜。青紫蘇の葉、夏葱などなど新ものが店先に並ぶ。この時期の"新もの"を目にすると嬉しい気持ちになるのは何故だろう。

合わせてちょうどこの頃、"夏みかん"や"甘夏"も出回り、これらの全てを買い込んできて"薬味三昧"の冷奴を楽しむのである。何のことはない薬味を千切りにして大根おろしに混ぜ込んで柑橘の果 汁と醤油をかけて豆腐の上にのせて食べるのである。実に爽やかで口がさっぱりして気持ちのいい食べ物である。

大根おろしの中に上記の薬味以外に胡瓜や貝割れ菜等も入れるとよい。新生姜の千切りはこれでもかというくらい沢山入れる方がよい。 大根おろしの中に薬味や野菜を混ぜ込むと各々が持っている強さが丸みを帯びるのか、柔らかい味に変わるのが不思議だ。大根おろしだけよりもたっぷり薬味と野菜が摂れるから身体に悪い訳がない。

薬味は身体の免疫効果を上げる働きがあるという。うっとうしい梅雨が明け、今度は蒸し暑い夏が訪れ、身体は少々疲れ気味な時期。そんな時期に合わせて薬味の風味とさっぱり味が何とも口に美味しい。生姜や紫蘇には殺菌効果もあると言われ、夏の食べ物としても理にかなっている訳だ。おまけに酸味付けにはクエン酸豊富な夏蜜柑の果汁を使うのだから食欲増進、疲労回復にも抜群の効果が期待できる。

この薬味おろしは他にも使いまわしができるところがまた嬉しい。魚のソテーや干物に添えてもよい。厚揚げや油揚げをパリッと焼いて上にのせても美味しい。茹でて冷やした豚のしゃぶしゃぶ肉にのせても美味である。

季節のものを取り入れる食の知恵とその季節に身体が欲しがる味が一致する・・この理の妙に只々関心が止まない。



青梅の醤油漬

六月の台所事情は忙しい。苺ジャムに晩柑類のジャム(マーマレード)作りを終えたかと思うと、らっきょう漬けに梅酒漬け、梅ジュース作りが始まる。後半には青梅が黄梅に替わり、梅干漬けの仕込みと続く。

この中で欠かせないのが「青梅の醤油漬」だ。青梅を使った梅酒・梅ジュース作りの合間に必ず仕込むびっくりするほど簡単で、しかもかなり美味しい調味醤油である。きれいな青梅を丁寧に洗って、ひとつひとつ水分をしっかり拭き取り、これを保存瓶に入れて醤油を注ぐだけの作業とは言えないくらいに何とも簡単に出来てしまう「青梅の醤油漬」の仕込みなのであるが、これが夏場の調味料には欠かせない気の利いた絶品醤油になるのである。もちろん我が家では、また来年の青梅の時期まで一年間使用し続ける大切な・・いや高級調味料という位 置付けなのだ。

この梅風味のおつな醤油は漬け込み後、2〜3週間すればとてもよい風味になっている。梅の香りと爽やかな酸味が効いて夏場の冷奴などに合わせると清涼感のある気の利いた一品になる。さっと焼いた厚揚げや油揚げに合わせてもよい。大根おろしや和風の千切り野菜などにもドレッシング代わりにも使える。

梅を食べるとそのミネラル質により新陳代謝が活発化され、疲労回復に効果 があると言われている。また、梅の酸味の主成分はクエン酸でその酸味の爽やかさが食欲を増進させ、殺菌・防腐作用もあるので特に夏場の惣菜の調味料としておおいに活用できる。だから「これはうまい!」と身体が欲するのかもしれない。一家に一瓶は常備したい簡単手作り調味料だ。

漬け込んだ梅の実は1〜2ヶ月で取り出し別 容器に入れて冷蔵庫に保管し、刻んで和え物などに使うと美味しい。おにぎりの種にして、外側に青しその葉を巻けば夏場の弁当になる。

梅は取り出さずにそのまま一年間漬け込んでもよいのだが、実がふやけて瓶の底にオリが溜まる。頃合を見て好きな時期に引き出せばよいが、一年中漬け込んで、軟らかくなった梅の味がよいという人もいる。

材料の梅はもちろん、できれば醤油にもこだわりたい。薄口の旨味のある本醸造の醤油が合うと思う。梅の味の爽やかさが消えない柔らかな薄口タイプがいい。青梅の分量 は、用意した保存瓶の約半量入れるだけである。そこに醤油を並々と注ぎ冷蔵庫に保存するだけだ。六月の初旬に仕込めば中旬からこの醤油が使える。

この「青梅の醤油漬」が出来たら、上等な冷酒を用意して冷たく冷やした絹豆腐、「和ら絹」を一番に食べたい。



春の風味 ふきのとう味噌

春先のほんの一時しか食べられないうまい味噌がある。「ふきのとう味噌」だ。これをいそいそと手作りで作り、とっておきの食べ方で食す。"豆腐の揚げ物"に添えて食べるのである。「厚揚げ」や「油揚げ」「がんも」をさっと火で炙り、この味噌をチョンと着けて食べるのである。

徹して贅沢に、ゆっくり洒落て食べるなら、卓上の炭火コンロで炙りながらがよい。急いで美味いものを・・という贅沢な要求にはオーブントースターをお奨めする。

厚揚げ、がんも等揚げ物との相性は抜群である。ほろ苦さが甘味噌に絡まり、春の風味が鼻に抜ける時、「ふきのとう味噌」の正しく「春そのものの味」がする。

この頃は「ふきのとう」はスーパーでも売られている。「ふきのとう」はその名のとおりフキの蕾なので、それこそ春の初めのほんの一時のものなのだが、産地が南から北へ移動するのでスーパーには2月頃から4月一杯頃位 まで並ぶので簡単に手に入れることができる。

「ふきのとう味噌の作り方」はこうだ。この「ふきのとう」の根元の部分を薄く切り落とし、外葉のスジっぽい部分を取り除いて2〜3分茹でた後、冷水に2〜3時間さらす。水気をぎゅっと絞ったふきのとうを細かく刻み、ごま油で軽く炒め、砂糖、酒、味噌、みりんを加えフツフツと火が通 るまでヘラで練る。洗浄した保存ビンに詰めれば10日間位は常備菜として楽しむことが出来る。この「ふきのとう味噌」、油を使わずに砂糖と味噌、酒だけで作る方法もあるが、個人的にはごま油入りの方がこっくりとして美味しいように思える。

「ふきのとう」を始めとして、春の山菜のほろ苦さは、冬の間眠っていた身体の機能をこの苦味の成分と刺激で呼び覚ましてくれるという。一年に一度きりのこの味を「春の味だ。うまい!」と味わう楽しみは、正しく人も自然の一部なのだと気付かせてくれているような気がする。




江戸時代の調味料 煎り酒

「煎り酒」とは日本酒に昆布と梅干を入れて煮詰め、最後に削り鰹を加えて作る江戸時代の調味料である。「煎り酒」は室町後期から江戸後期までのおよそ300年間、その後醤油が大量に生産され出回るようになり、「煎り酒」がその姿を潜めるまでは、江戸庶民には決して欠かすことの出来ない重要な調味料だったようである。鯛や鰆、鯉や鮒などの刺身に添えて出され、また「和え交ぜ」(あえまぜ)といって野菜やきのこの和え物や精進の和え物などの味付けにも使われていたという。

ほんのり梅の香と色がつき、梅の酸味と昆布・鰹節の濃厚な旨味が混じり合い、なんとも爽やかで繊細な味わいの「煎り酒」は白身魚の刺身や和え物だけでなく、湯葉、豆腐にもこの上なくよく合う。実に爽やかで上品な味わいがする。

この「煎り酒」に代わって「醤油」が出回ったとあるが、何故「煎り酒」が姿を消したのだろう?・・何故、多少需要が減ったとしても並行して使われ続けなかったのだろう?・・醤油にはない独自の繊細さがあるのに何故か・・と不思議でたまらない。

「煎り酒」は、生湯葉や変わり奴、また青菜のお浸しの調味料として滋味に富む繊細な味わいを楽める。素材の味を見事に引き立てつつその上、旨味とほのかな香りも加えてくれるすぐれものである。

作り方は至って簡単!


(1)土鍋に酒3カップ・日高昆布10cm3枚を30分程浸す。
(2)梅干5〜6個をちぎって入れ、過熱し、3割程煮詰まったら更に削り鰹5gを入れ2〜3分程煮出す。
(3)(2)を晒し布で濾して出来上がりである。

「煎り酒」に用いる梅はアミノ酸や甘味料が入らない昔ながらの梅干しがよい。自然塩と紫蘇だけで漬けたあのすっぱい梅干でなければ折角の昆布と鰹節の旨味が生きてこない。

できたての「煎り酒」で春の変わり奴を作ってみた。豆の香り豊かな只管豆腐を奴に切り、湯がいた菜の花と三つ葉、大和芋の千切りに桜の塩漬けをのせ「煎り酒」を掛けていただく。豆腐と野菜それぞれの味がこれだけ生かされる「煎り酒」の魅力に誰もがきっと心動かされるに違いない。




和辛子

豆腐に和辛子、風情のある味である。豆腐に和辛子とは最近ではあまり聞かないような気がするが、江戸時代には庶民が大切にしていた香辛料の一つだったという。茄子の浅漬けや鰹のタタキには和辛子が欠かせなかった様が江戸川柳などからも伺える。納豆に和辛子、あんかけ豆腐に和辛子、この関係は今でも健在である。

石川県に茶碗豆腐といって茶碗を伏せたような丸い豆腐の中にあんこのように和辛子が入っている豆腐があるという。そのまま皿に盛り、醤油をかけて食すのだと聞く。夏場だけ出回る季節商品らしい。ある地方では豆腐屋さんが豆腐を売るときに和辛子を付けてくれるところもあるとか。  

この和辛子とはカラシナの種子を乾燥させて脱脂し、粉末にしたものである。カラシナの仲間はみなシニグリンという辛味成分を含み、特に辛味の強い品種の実カラシナが辛子粉用に栽培されている。

毎年2月の初旬頃になると埼玉県北部の川沿いの土手などに野生カラシナが自生しているのを見かける。とう立ちした花茎が20〜30cmに伸びた頃に摘み取って塩漬けにして2〜3日後、重石を取ったその瞬間から、シニグリンの作用なのだろう、その刺激で思わず涙と鼻水が出てしまうほど強い香気を浴びる。さすが野性カラシナだと喜んでいる間に、あれよあれよと香気が抜けていく。もちろん口に入れる時に涙と鼻が出ては困るので、結果 的には程よい辛味になっている訳なのだが、我が家で楽しむ年一回の野趣溢れる季節の味となっている。このカラシナに花が咲き、実となって種が採取できるのは5月の下旬から6月上旬頃。アブラナの種より小さい淡褐色の種が一般 的だが、辛子粉用の種子は黄色い。この辛子の種はそのまま舐めても辛くはないが、水やぬ るま湯を加えて練りあげるとミロシナーゼという酵素が働いてアリル芥子油という精油を生じ、強い辛味に変化する。ミロシナーゼは40度位 のぬるま湯で最も酵素活性が高く、水よりも辛味成分を発生しやすいからなのである。そういえば、子どもの頃、出涸らしの番茶で和辛子を練る母の姿が思い出されてくる。蕎麦猪口に入れた和辛子を力一杯、箸の背で溶いた後、小皿に逆さに伏せて食卓に出していた・・あの光景。私達兄弟は悪ふざけをし、和辛子の香りを吸い込んでつーんと鼻に抜ける刺激で涙を流す様を笑い合ったりした。

遊びはさて置いて、和辛子の練り方が・・そう、きちんと理にかなっている。和辛子に湯を加え、放置し、辛味成分が充分生成してから使っていたのだ。最近では殆どのスーパーにチューブ入りの練辛子しか並んでおらず和辛子粉を販売しているところはなかなか無い。練りあげてあるチューブ入り辛子は便利に使用できるが少し風情が無いような気もする。

 


かんずり(寒作里)

湯豆腐に合う絶品の香辛料がある。「かんずり」である。

毎年、大寒の頃になると秋口から塩漬けしていた唐辛子を雪の上パラパラと撒いて雪さらしが始まる。真っ白な雪の大地に撒かれた真っ赤な唐辛子、その上へ深深と雪が積もって唐辛子は徐々に中に埋もれていく。この雪の中で唐辛子のアクが程よく晒されていく。唐辛子のアクを雪が吸い取り、同時に塩が程よく抜かれて甘味も増してくるという。この唐辛子に柚子、米糀、塩等を加えてすりつぶし、3年から、ものによっては5年間も醗酵そして熟成させて作る香辛料なのである。

新潟県新井市の「かんずり」がよく知られているが、山形など東北地方にもほぼ同じようなものやにんにくが入ったもの、短期熟成のものなど数種類あるようだ。

九州に「柚子胡椒」といって、"青柚子"と"青唐辛子"を刻んですり合わせた香辛料があるが、「柚子胡椒」は未熟果 の"柚子"と"唐辛子"を使用ということが影響しているのだろう、夏の料理の香辛料という気がしてならない。「かんずり」は"赤唐辛子"と"黄柚子"を使っていて「柚子胡椒」の完熟バージョン。冬の料理向きだ。決まりなど無いが何故かそんな気がする。とにかく和風の"鍋"に合う。

豆板醤という中国の香辛料もあるが和風の鍋には味が賑やか過ぎてしまう。やはり「かんずり」である。糀と柚子が唐辛子の辛味を程よく抑え、豆板醤と較べると辛味はかなり弱い。ひょっとするとこれが晒し効果 なのかも知れない。醗酵・熟成が長く進んでいる為か唐辛子の糀漬、つまり品のいい漬物のような味がする。そのまま舐めて美味しい。醤油やタレに溶かして使うのでなく、豆腐などに直につけるのが美味い。

唐辛子の香辛料と言えば「豆板醤」や「コチュジャン」など輸入品が浮かんでしまう昨今だが日本にも世界に誇れる「かんずり」があることが嬉しい。




長葱(根深葱)

長葱は中国西部とシベリアが発祥の地と言われ、わが国にもたらされたのは奈良時代とされている。独特の香気と辛味を持ち、消化液を分泌して食欲増進や身体を温める効果や臭み消しなどに利用されている。古くはこの香気を"キ"と言い、"ニラ"という二文字に対応させ「一文字」"ひともじ"と風流に呼んだという謂われがある。

長葱は品種として「加賀」「千住」「九条」の3群に分類され、栽培的に分類すると、葉鞘部(葱の白い部分)を食べる"根深葱"(ねぶかねぎ)の「加賀葱」と「千住葱」、緑の葉を食べる"葉葱"(はねぎ)の「九条葱」の2種類に分けられる。根深葱は土寄せをして白い部分が長くなるように育て、葉葱は緑の部分が多く育つよう土寄せはしない。"根深葱"は主に東日本で好まれて栽培され、反対に九条系の"葉葱"は西日本での利用度が高い。

ここ、三之助豆腐の本社工場がある埼玉県本庄市では「深谷葱」や「下仁田葱」といった葱の有 名産地と隣接していることもあり、この周辺で「葱」といえば通常、甘味の強いこれらの"根深葱"を指していう。この「根深葱」、特有の香気を利用して肉や魚のくさみを抜き、その他の素材を引き立てる薬味としてあらゆる料理に周年を通して利用されている。冷奴や湯豆腐の薬味として、鍋ものの具として、特に豆腐料理には欠かせない野菜であり薬味でもある。主役ではないが無くてはならない名脇役的存在である。

葱には夏葱と冬葱があり、年間を通して供給されているが、味がのるのはなんと言っても冬葱である。深谷周辺に赤城颪(オロシ)が吹き、太い霜が降りる頃になると深谷葱の味は絶頂に達する。生のままスライスした深谷葱はその生命力を感じさせるほどの力強い辛味を放つ。冬の寒い日、熱々の湯豆腐に添える薬味にはキリっとした辛味の強い生のネギに限る。この辛い葱をいざ焼いてみると、または鍋に入れて加熱するとあの辛味が嘘のように芳醇な甘味に変わってしまう。こってりした肉豆腐や鍋の中で、霜にあたった軟らかい白ネギがとろりと蕩けてこの上なく美味い。

葱は切り方でいろいろ味わいが変わる。冷奴や蕎麦の薬味には端からスライスする小口切りの葱が合う。ピリッとした辛味が食欲中枢を刺激する。納豆や湯豆腐には切れる包丁で切った正方形の微塵切りがよい。葱の臭気が出過ぎずに歯ざわりがよいからである。何れも水で晒して布巾でしっかり絞って辛味を抜く場合と、そのまま供し辛味を楽しむ方法を好みで選択すればよい。豆腐サラダや豆腐総菜には山盛りの白髪葱がよい。晒して辛味を抑えた味わいと食感が楽しい。胡麻油をたっぷり使った中華風の奴には辛味がたっぷり出るように斜め切りがよい。焼き葱はぶつ切り、すき焼きは斜め厚切り、煮奴にはぶつ切りを半分に割った短冊が合う。豆腐の味噌汁には、輪切り、微塵切り、ぶつ切りとこれは好みが分かれよう。

葱特有の香気成分は「硫化アリル」といい消化促進と抗菌作用がある。また発汗作用もあり風邪のひき始めにネギ・生姜・味噌を湯に溶かした「生姜湯」を飲むと直ぐにポカポカと温まってくるから不思議である。また、古くから、焼いて軟らかくした葱を首に巻いて喉の痛みを和らげるという民間療法もあると聞く。

根深葱の旬、辛味・甘味がのっているこの寒い時期に、熱々の豆腐料理に添えて、大いに賞味したい薬味の一つである。