蒟 蒻

IMAGE

蒟蒻は、サトイモ科の多年生植物で、原産地はインドシナ半島と言われている。日本への渡来説はまちまちで、サトイモなどと一緒に縄文時代に渡来したとの説が有力である。記録上では、大和時代に医薬用として、朝鮮から伝えられたとされ、始めは食用というより民間薬としての位置付けだったようである。

 

蒟蒻は昔から身体の中の砂を落とすとか、呼吸器の病気によいといわれるのは、蒟蒻に豊富に含まれる食物繊維が腸の動きを活発にし身体に有害なものを対外に排出するからという理由のようである。

 

一般的に蒟蒻は、土の中に出来た芋を収穫して、その芋から蒟蒻を作る場合と切り干しに加工し、さらにその切り干しを精粉に加工し、用途に応じたそれぞれの蒟蒻に成形して作る方法がある。蒟蒻は、畑に種芋を植え付けてから収穫するまで三年間もかかる。その土地に植えたまま三年経過させるものもあるが、冬場寒くて雪が降ったりするところは、12月ごろに掘り起こして、冬場を室(ムロ)に置き、再び植え付けて育て、これを三年間に渡り、三回繰り返す。始めに親指大の種芋が、三年後には直径15〜16cmもの芋になる。

IMAGE

先日たまたま蒟蒻の有名産地に住む友人宅に行く機会があり、通りがかりの一般栽培の蒟蒻畑を目の当たりにして驚いたことがある。傾斜地で日当たりと水はけの良さそうな場所に、地上40〜50cmに揃って伸びた、緑の葉を付けた蒟蒻が一列に並ぶ。典型的な夏の蒟蒻畑の景色である。一列に行儀よく並ぶ蒟蒻の姿をもっと近くで見ようと思って近づいてみると、なんと葉が真っ白なのである。「農薬?」・・・とその辺りの蒟蒻畑を見回すと、蒟蒻の木は、全てと言っていい程どれもこれも葉が真っ白なのである。「こんなに真っ白になるまでかけるんだ。」友人にそのことを話すと、「この辺は蒟蒻の有名産地だけど、何年も続けて蒟蒻を植え続けるから、連作障害が出て、どこもかなりの農薬をかけている。」と淡々と話すその返答にびっくりした。白濁した液が植物にビショビショにかかっているので、そればまた異様な風景に目に映ってしまったのだろうが、何となく重い気持ちになってしまった。

 

蒟蒻が庶民の食品となったのは江戸時代からのようで、「蒟蒻百珍」がまた面白い。下茹でしてから胡麻油で天ぷらにするという料理。また、蒟蒻に切れ目を入れて唐辛子粉を中にしのばせるもの、梅酢に漬け込むマリネ風みたいな料理もある。ごま油を塗って焼くというのは、現代の蒟蒻ステーキなのだろうか?葛切りのように切ってわさび醤油や大根おろしを添え、食感や涼味を味わう繊細な料理もある。どれもきちんと研究されていて、出版から二百数十年も経っている今でも短い文章を読んだだけで出来上がりの料理が頭に浮かぶ。実際にその通り作ってみても、目先の変わった蒟蒻料理が出来るのだから「蒟蒻百珍」は今でも活きているのである。

 

江戸の百珍ものは、もともと「豆腐百珍」が大ブームとなり、そこから派生して、百珍ものが次々に出されたのだ。「卵百珍」「甘藷百珍」などもあるというから、江戸グルメの美味しい物を食べたい情熱とパワーはさぞ凄まじかったのだろうと伝わってくる。

 

「蒟蒻百珍」のパワフルなアイデア料理に刺激されて、当時の町人に成りすまし、名付けて“涼味蒟蒻”なるものを作ってみた。

 

三之助の「さしみこんにゃく」を使った“豆腐薬味サラダ 酢味噌添え”だ。三之助の「さしみこんにゃく」は食感がよい。原材料のベースは蒟蒻粉だけ。凝固剤の水酸化カルシウムと風味付けに青のりを使っているが、フルフルした食感は“葛”をも思わせる。これを薄造り風に切って皿に敷き、冷奴を少量置いて、玉葱、茗荷、胡瓜をあしらう。中に添付されている酢味噌を添えれば出来あがりだ。

IMAGE

三之助の蒟蒻は、大野屋こんにゃく店の蒟蒻を取り寄せている。原材料の蒟蒻芋は堀込さんという自然農法の生産者との契約栽培をされているということなので安心して食べられる。あの白い蒟蒻畑を想像しないで済む。

 

今、安心で安全な食べ物のあり方の形として、“トレーサビリティー”、つまりその食品のルーツを遡って調べられるシステム作りが叫ばれているが、敢えてそういうシステム作りをしなければ安心して食べ物を口に入れられない現代の食事情に先行きの不安を感じてしまう。人が口にするものは、無条件に安全でなければならない。そして生きる糧、つまりパワーの源になるような「美味しい!」ものでなければ未来に繋がってはいかない。江戸グルメ達が競ってうまいものを追い求め、競って食べることを楽しんだこと、その力が二百何十年も経った現在でも通用するのは、当時の江戸の完全リサイクル社会や農業から生まれた食べ物に、気合の入った江戸グルメたちのパワーや知恵が吹き込まれているからだろう。

 

私たちも“うまいもの”を食べながら、その“うまいもの”が持つパワーと食べ物作りの在り方を未来に伝えていかなければいけない。