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紫蘇は遺跡や貝塚の跡から、縄文時代から食べられていたようで、栽培が始まったのは、平安時代からといわれている。
シソの花が開き始めたものを花穂と呼び、まだ熟さない実を着けた状態を穂ジソと呼ぶ。どちらもツマやあしらいに使われている。
紫蘇の品種は、青ジソと赤ジソに色で分けられ、更に葉の縮れでも分かれる。青シソには、白い花、赤シソには赤い花が着く。因みに赤ジソの若い芽を紫芽(ムラメ)、青ジソの若い芽を青芽と呼ぶ。紫蘇は若い芽・葉・花穂・実とその全てを食べることができる。
青シソの葉は夏場の冷奴の薬味、刺身のツマ、和風の和え物の香り付けなどで大活躍を終えた。赤シソの葉も夏場、梅干や紅生姜の色付けやシソジュースに大活躍をした。余談だが、スーパーなどで売られている紅生姜は全てといっていいほど着色料で色漬けしたものしか売られていない。赤紫蘇で漬けた紅生姜は手作りで作るしかないのだろうか?
夏場の葉の利用が終わると次は、花芽。9月に入って秋めいてくると「穂シソ」の出番である。
穂シソは実に美しい。奴に切った白い豆腐にその穂をひとつ添えるだけでぐーんと見栄えが上がる。ただの冷奴が料亭の一品料理に変身してしまう。ゆばの刺身に添えるのも千切りの薬味に軸から外した花芽を混ぜ込むのも綺麗だ。香りもいい。柔らかい香りが料理の質を上げる。実際にこの香りはペリルアルデヒドという成分で防腐作用がある為食品に添え、料理と一緒に食す薬味として理にかなっている。
穂シソは秋に生るものなのにスーパーやデパートの薬味売り場には一年中並べられている。これこそ秋のものなのに最近はどうも季節が無くなってきている。木の箱に入って高価な値段で薬味売り場に並べられている穂ジソはきっと料理屋向きに温室で作られているのだろう。
実の熟さない穂ジソをそのまま天ぷらにするのも美味しい。穂ジソのまだ熟さない実を採って軽く塩漬けにする。この実に生姜のみじん切りを混ぜ、醤油とみりんを加え、これを茶碗にいれて蒸し温めた「蒸し豆腐」に添えて食べるのがこの季節ならでは、毎年恒例の楽しみ方だ。穂ジソ収穫の一時が済み、その後実が熟してくると今度はその実を取って塩漬けや佃煮にする。最後のなごりを惜しみ、又来年もよろしく!と作る保存食である。
まだ実が入らない時の穂ジソは本当に軟らかいが、実が入ってくると硬さがまして来る。紫蘇はは花が咲き、実が入ってくるにつれて葉の色が褪せてゆく。特に赤シソの色ははっきりとそれが解かる。また紫蘇の丈も穂が付くとともにぐんぐん伸びて葉が小さくなっていく。穂ジソがなる頃の紫 蘇の様子が日に日に変わってゆくので毎日観察するのが楽しくなる。
紫蘇は日本のハーブ、前にも述べたとおり古くから栽培されていたのでその利用法も豊富になったのだろうと思われる。芽・葉・花・実とその生育の全てを季節ごとに楽しむ知恵にはそのものを丸ごと愛でていただくという先人達の食への哲学感が伺える。命をいただいて食べ、その命を自らの命の糧とする。そのものを愛でて愛でて食す。それはその生育を知り、愛情をかけて栽培することが背景に流れていなければ成立しない。こうやって長い歴史を経て現代にその食文化が伝わる。私達はその恩恵を受けて今自然の恵みを賞味する。これをまた次代に繋げられるよう心ゆくまで秋の味覚を楽しみたいものである。
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