難「なん」を転「てん」じるという意から、昔から厄除や縁起物の庭木とし植えられてきた南天。夏に白く清楚な花が咲き、冬になると愛らしい実が赤く色着く。葉や実には腐敗防止、殺菌作用があり料理にも多々活用されている。祝い料理に南天の実や葉があしらわれるのは「お出ししている料理をどうぞ安心してお召し上がり下さい。」の意があるという。
色づく木々の葉。
華やかさ、鮮やかさ、ともに高まる昂揚感。
やがて燃え尽きてしまう儚さ、そして淋しさ。
このうつろいゆく時の経過に様々な思いがつのる。
色彩を楽しむ日本人の原点がある。
秋、結実した木々の実はやがて色が着き赤く熟す。熟した木の実の色は到達・達成・成就・豊穣を思わせる。
赤く色づいた食べ物が美味しそうに見えるのは、熟した木の実の色からきているという。充実感と安心感さえ感じられる。
木の実が語るメッセージは幾年月を越え、先人から贈られる感性なのだろう。
小菊は山菊とも呼ばれ、小輪の菊をいう。
日本には奈良時代中期に原産地の中国から入って来たと言われ、桜と並んで日本を代表する花として昔から親しまれて来た。
密集した小輪の花のあいらしさとその優しい色合いは夏の舞い上がった気持ちを静かに落ち着かせてくれる。
毎年この時期になると庭の片隅から初秋の訪れを知らせてくれる花なのである。
その黄色の花弁は情熱と力強さを感じさせる。
青空の下、焼けつくような陽射を浴びながらただひたすらに遊んだ子どもの頃の夏を思い出し、郷愁にさそわれる。
まさに真夏を代表する花の一つである。
茄子、ピーマン、白茄子、ニガウリ --夏野菜の花たち。
夏のまばゆい陽の光を浴びる野菜の花たち。その姿は意外にも可憐で、やがて実を結び私たちの食卓を潤すと思うと、生命力ともに何故か愛らしさまでも感じてくる。特に初めに実を結ぶ一番花は色も鮮やかで、勢いも良いと聞く。
水の中から生まれた花。すっくと伸びた花茎の頂きに大きく花が開く。水の透明感とともに清浄な美しさを感じる。極楽の七宝池に咲く清花として仏教思想のシンボルとなっている。
風薫る五月。
桜前線を追うように新緑の季節の到来。
まばゆい陽のひかりに輝く若葉はみずみずしく、躍動感に満ち溢れている。
春といえば桜。
古来より人々は爛漫の桜に酔いしれ、謳歌してきました。そしてそれだけではなく花は塩漬けに葉は桜餅にと、賞味しました。また皮は工芸に木材は家具にと生かしてきました。 まさに、これほど日本人に愛されてきた花はないでしょう。
太平洋戦争中、疎開の為に日本橋から生まれ故郷の埼玉県本庄市へ戻った三之助は地元のお寺観泉寺に桜の木を植えました。
今でも三之助の命日の頃になると満開の桜が咲き誇ります・・・。